日本アパタイト研究会 アパタイトフォーラム誌 No.1

「私とアパタイト」
昭和48年の整形外科雑誌編集部から、人工股関節の「バイオメカニカルな検討」という題で原稿依頼をいただきました。その頃、川原春幸先生(当時、大阪 歯科大歯科理工学教室教授)の、生体材料と生体とのなじみについての御研究に大変興味を持っていましたので、早速、川原教授を訪ねますと、丁度、京セラ (株)のバイオセラムの研究員2人が私のために呼ばれていました。その時、川原教授からバイオセラミックスであるアルミナの基礎研究と臨床応用について詳 細に教わり、アルミナを人工関節や骨接合の固定材料として、整形外科領域での利用について議論をしました。この時からアルミナに関する京セラとの共同研究 がはじまり、当時は、私は若すぎることもあって、敷田卓治先生(当時、国立大阪南病院医長)を中心に研究を進める運びとなりました。これが、日本の整形外 科へのアルミナの導入のはじまりでもあります。当時は、アルミナはbioinert(生体不活性)であり、骨とのなじみが良いということで、骨接合用のス クリューやピン、更には人工骨として動物実験を行った結果、金属よりもアルミナの方が骨との間に形成される結合組織膜は、極めて薄いという結果を得ました ので、臨床応用をはじめるに至りました。当時は、骨とのなじみが良いということをbioactive〈生体活性〉であるかのごとくに誤って理解され、人工 骨としてはアルミナがすべてであるかのように誤解されはじめたわけです。
その頃、京大でAW―ガラスセラミックスの動物実験の結果が、中村孝志先生(現在京大整形教授)により発表され、また、青木秀希先生のアパタイトの発表 を知って、bioinertとbioactiveの違いをはじめて理解することができました。また、人工関節の固着に用いられる骨セメント(メチル・メ タ・アクリレート)は、骨と化学的結合をしないために、セメントと骨との間でゆるむことが人工関節の大きな問題でありました。
昭和51年頃、住友化学工業(株)研究所の藤好和彦氏との出会いがあって、この時バイオアクティブ骨セメントの議論があり、アドバンスの鈴木仁氏と青木 秀希先生に紹介していただいたのが、bioactive cementとの出会いでありました。当時のバイオアクティブ骨セメントには、歯科で研究されているα-TCPと有機酸によるものでした。その後、多くの 学会や研究会で青木秀希先生とお会いする機会があり、その度にアパタイトについても多く教わり、アパタイトのサンプルをいただき、動物実験を行った結果、 骨と完全に結合したのには驚きました。
またその頃、住友化学工業(株)はアパタイトのコーティングを人工歯根として開発していましたので、これを骨セメントを用いない人工関節にも応用する研究 をはじめる事になりました。人工関節に用いる場合、平滑面にコーティングしたのでは剥れる危険性があることを予測して、金属ポーラスの上にアパ タイトコーティングする方が剥れる問題が少ないばかりでなく、ポーラス中に骨がより速く、多く、更に強固に固着されることに着眼しました。そこで、チタン 合金(Ti-6Al-4V)のビーズコーティングを住友重機工業(株)にお願いし、アパタイトコーティングに関しては住友化学工業(株)との共同研究開発 がは じまりました。ポーラス金属コーティングにアパタイトコーティングというアイデアは世界でも私達がはじめてです。
先ずは、家兎の非荷重下での動物実験を行い、アパタイトコーティングすることにより骨侵入が著しく速く、侵入量もはるかに多くなることを知り、次にビーグ ル犬を用いた荷重下での実験を行い、アパタイトコーティングにより初期固定が早く得られるために、骨との結合に失敗することが無いことをも知ることができ ました。しかし、残念ながら2例の臨床例に使ったのみで、商品化にまでは至らず、この研究は中断しました。その間にも青木先生とのバイオアクティブ骨セメ ントの研究は続けられていましたが、酸による手術時の組織反応が強く、種々の改良を重ねておりました。その後は、新田ゼラチン(株)中央研究所の杉原富人 氏と引き続き研究を進めて参りましたが、実用化には至りませんでした。
一方、人工関節の再置換の時、特に大腿骨での骨セメントがゆるむと、骨の破壊が著しいばかりでなく、骨表面が硬く平滑になるので、再置換術の時、骨セメ ントを用いても骨セメントと骨とは固着せず、手術直後よりこの間にすき間ができ、これがまたゆるみにつながります。丁度16年前に3度目の再置換手術の患 者さんの大腿骨に、以前に青木先生からいただいたアパタイトの顆粒を、骨セメントを入れる前に骨の表面に薄くぬりつけて、この上に骨セメントを入れた結 果、骨セメントと骨とはアパタイトを介して完全に結合し、16年後の現在も手術直後と全く変わらず完全に結合しています。
この素晴らしい臨床結果を見て、14年前より人工関節手術のすべての症例にアパタイトを用い、現在では3000例以上になります。骨の表面にアパタイト顆 粒をぬる方法として、最初は300〜500μmのアパタイト顆粒を手指で塗っていましたが、スプレーの方法を考案し、100〜300μmに小さくし、いろ んなスプレー方法を使ってみましたが、いずれの方法もうまくいかず、結局骨盤側には今も手指で2層以下になるように塗っています。大腿骨には、縦に半切し たシリコーンチューブを鉗子ではさみ、これで骨の表面に塗っています。この方法を界面バイオアクティブ骨セメント法(Interface Bioactive Bone Cement、IBBC)と名づけ、現在は世界でも広く知られています。ただ止血をほぼ完全に行わないと、血液の中にアパタイト顆粒が沈み込んで、セメン トとアパタイトの間で間隙が生じます。従って、大きめの顆粒を使う方が有利なので、現在は300〜500μmのものを使っています。長期成績を調査します と、骨セメントのみを使用したのに比べますと、骨セメントとの間にできるすき間(骨透亮像)の発生率は1/10以下にまで改善されました。
一方、アパタイトコーティングしたセメントを用いない(セメントレス)方法の人工関節を用いますと、骨とあまりにも強固に結合しますので、特に、大腿骨側 のステムの近位部に加わる荷重が減少し、この部分の骨が粗になっていきます(Stress shielding)。その結果、この部分でのポリエチレンの磨耗粉によ る影響を速く受け、骨の吸収される速度が極端に速くなります。そこで界面バイオアクティブ骨セメント法を用いますと、このようなStress shieldingの発生が少なく、骨セメント法と全く変わりはありません。また、骨セメント法では、手術直後により骨と全面で完全に接触するために確実 な固定性が得られますが、セメントレス法では骨との間に多くのすき間がみられ、確実な固定性は得られにくいわけです。従って、界面バイオアクティブ骨セメ ント法は、骨セメント法とアパタイトコーティングのセメントレス法の利点のみを組み合わせた方法といえます。この方法は、日本のみならず世界でも使われは じめています。ちなみに、この方法を発表することにより、平成3年にInternational Hip SocietyMember(HIS)に加えていただきました。HISメンバーは、当時世界で30名余りの股関節外科のオーソリティメンバーの集りであ り、日本では2人いますが、人工関節に関しては私が今も1人です。
一方、人工股関節手術後にゆるみが発生しますと、骨が著しく破壊され、大きな骨欠損が生じることが、しばしばみられます。これを再建するのに、17〜18 年前までは少ない自分の他の部分の骨を持ってきて一部再建したり、アルミナで人工骨を作成して用いていましたが、アルミナは骨と結合しないので、再度アル ミナとの間でゆるみが発生することが、しばしばでした。その頃より、欧米では他人の骨を冷凍保存し(同種骨)、これを骨欠損部に充填することにより、再置 換手術が行われていました。しかし、日本ではこのような同種骨を得ることは極めて困難であるばかりでなく、厚生省もまだ認可していませんでした。
そこで私は、界面バイオアクティブ骨セメント法の優れた臨床成績が得られましたので、骨欠損部にも同種骨の代りに、アパタイト顆粒を充填する方法を考案し ました。アパタイトの顆粒をドーム状に強固に充填する方法を、鉄道のレールの砂利と石垣の原理から思いつき、種々の大きさ(2mm〜8mm)の顆粒を混合 して用いることにしました。また、アパタイト顆粒はポーラスであり、しかも丸味のない種々の形状をしていますので、お互いに組み合わさり吸着され、強固に 固着し、固いドーム状の形状を形づくることができました。
最初は青木秀希先生に紹介していただきました旭光学の日高氏の協力を得ることが出来、当時はアパタイトの保健請求が認可されていませんでしたので、無償で 提供を受けていましたが、その後アパタイトコーティング等の研究とも関連して、住友セメントから提供していただくことになりました。
再置換術の時、アパタイトを充填するのは世界でもはじめてであり、一気に世界から注目を浴びることになりました。一症例にアパタイトを平均50〜120g 使用しますので、保健請求が認可されるまでの間に、約5kg以上旭光学と住友セメントに無償で提供していただきました。因みに1gが1万円です。
当時は同種骨が全く無いので、骨欠損のすべてをアパタイトのみで充填しなければならず、他の部分から採取した自分の骨や骨セメントを使って補強しても、無 理がある場合もありましたが、当時の臨床成績は90%において、極めて優れた成績が得られました。これは、同種骨を用いた場合より優れた成績でした。その 理由は、同種骨を用いれば、容積の変化や減少がみられますが、アパタイト顆粒を充填しますと、容積の変化が全く生じないからと考えられます。すなわち、壁 欠損が少なければ、空洞は大きくても極めて優れた成績が得られます。その後、人工関節の手術中に患者さんから得られた病的な同種骨が、使用できるように なってからは、骨壁欠損にこの同種骨で欠損壁を再建するようになって、さらに臨床成績は向上しました。
このようにアパタイトが用いられるようになって、人工関節の手術成績は、初回であれ再置換(2回以上)であれ、著しく向上しました。
以上のように、界面バイオアクティブ骨セメントや、人工関節の骨欠損の多い再置換にアパタイトを使用しましたのは、私が世界でもはじめてでありましたの で、アパタイトに関して海外での招待講演も数10回以上に及んでいます。このように、私とアパタイトの出会い、すなわち、青木秀希先生はじめ旭光学、住友 セメント、住友化学、住友重機、新田ゼラチン等との出会いが、人工関節の大いなる発展に欠かす事が出来ない事であっただけでなく、私にとりましても、それ に大きく貢献できたのではないかと、自負して居ります。
最後に、30年以上にわたって材料の観察や分析、実験に御協力いただき、いろいろとアドバイスをしていただきました辻 栄治氏(大阪府立産業総合技術研究所)には、心より感謝して居ります。

著:大西啓靖( 医療法人寿会富永病院  大西啓靖記念人工関節研究センター)

 

 
 
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